厳しい食料統制のさなか
昭和22年飲食営業緊急措置令が施行され、寿司店は表立って営業できなくなった。
東京では寿司店の組合の有志が交渉に立ちあがり、1合の米と握り寿司10個を交換する委託加工として、正式に営業を認めさせることができた。
関西をはじめ全国でこれにならったため、全国で寿司店といえば江戸前ずし一色となってしまった。
ちなみに1合で10個の握り寿司ならかなり大きな握りで、いわゆる「大握り」と呼ばれる江戸-明治初期を思わせる大きさである。
当時を知る職人は、「あらかじめダミーの米を入れる袋を用意して店頭に置き、取り締まりを逃れて営業したこともある」と述べている。
戦後の高度成長期になると、衛生上の理由から既に屋台店は廃止され、廉価な店もあるにはあるものの、寿司屋は高級な料理屋の部類に落ち着いた。
サラリーマンを題材としたマンガでは、夜遅くまで外で飲み歩く亭主が、妻の機嫌を取るために寿司の折り詰めを買って帰るという姿が描かれる事もしばしばあった。
1958年に大阪で回転ずし店「廻る元禄ずし」が開店した。
東京では寿司店の組合の有志が交渉に立ちあがり、1合の米と握り寿司10個を交換する委託加工として、正式に営業を認めさせることができた。
関西をはじめ全国でこれにならったため、全国で寿司店といえば江戸前ずし一色となってしまった。
ちなみに1合で10個の握り寿司ならかなり大きな握りで、いわゆる「大握り」と呼ばれる江戸-明治初期を思わせる大きさである。
当時を知る職人は、「あらかじめダミーの米を入れる袋を用意して店頭に置き、取り締まりを逃れて営業したこともある」と述べている。
戦後の高度成長期になると、衛生上の理由から既に屋台店は廃止され、廉価な店もあるにはあるものの、寿司屋は高級な料理屋の部類に落ち着いた。
サラリーマンを題材としたマンガでは、夜遅くまで外で飲み歩く亭主が、妻の機嫌を取るために寿司の折り詰めを買って帰るという姿が描かれる事もしばしばあった。
1958年に大阪で回転ずし店「廻る元禄ずし」が開店した。
update:2010年02月17日
